【書評・読書記録】透明なきみの後悔を見抜けない (望月拓海)
望月拓海『透明なきみの後悔を見抜けない』
あらすじ
静岡で暮らす20歳の大学生、開登。 彼はユーレイが見えて、会話ができるという不思議な力をもっている。
後悔を抱えて死んでいったユーレイたちは、この世に残り続け、周りに自分の姿が見えないまま、一人悩んでいる。 そんな後悔を晴らすことで、彼らが成仏されるように奔走する開登。
そんな中、とあるユーレイとの出会いによって、開登が自身のこれまでの生き方と後悔を自覚した時に、本当の自分が見つかる。
開登が我を捨ててまで、ユーレイたちのために奔走する理由とは。そして、自分自身も知らない開登に隠された秘密とは。
衝撃と感動が詰まったミステリーです。
感想など
第1章を読み終えた時点で、よくあるワンシチュエーションの一話完結型で構成された短編集なのだなと思っていたのですが、これが全然違いました。
街中のユーレイたちの後悔を見抜いて、それを解決し成仏するという一連の流れは変わらないものの、話ごとに主観が変わり、違う目線で語られます。
そして、終盤に近づくにつれて、物語の一貫性とともに、作品に隠された秘密も徐々に明かされていくような、読み応えのある一冊になっていました。
何気ない物語だったはずなのに、全てが繋がり、秘密が明かされた時、感動は唐突にやってきます。
このようにストーリーの面白さもさることながら、大事なところで度々出てくる人間の弱いところや人知れず抱えている葛藤を救い出すような表現が出てくることが非常に特徴的です。
人のために生きるということは、同時に自分を犠牲にすることでもある。
しかし、人のために自分を犠牲にすることが、本人にとって本当に良くないことなのか。
教育を強いる親がいることに対する悩みをもつ少女に対して。
大人も完璧ではないし、弱くて欠けていることがある。
子である自分はそれを頭の片隅に置いて生きていくと何をするにも気が楽である。
そして、大人だって手探りなんだから自分自身も手探りで、自分のペースで生きていけばいい。 個人的に、このタイミングで読むことができてよかったです。
【書評・読書記録】青空の休暇 (辻仁成)
辻仁成『青空の休暇』
『青空の休暇』 あらすじ
真珠湾攻撃から始まった日本とハワイの歴史と人を結ぶ物語。
主人公は75歳になる無骨で昔気質な男、周作。
真珠湾攻撃から五十年の節目に、周作は戦友の早瀬・栗城とハワイへ向かうことになる。 終わらない青春を抱えて生きる周作。
そして、周作を生涯愛し抜いて自ら死を選んだ妻。長く生きながらも未だ味わうことのなかった人生の輝かしい一瞬を求めるため、今一度、大空を羽ばたく。
『青空の休暇』感想など
主人公と戦友たちは、真珠湾攻撃に参加した張本人。
戦争が終わった事実はあるものの、実際に戦地の最前線で戦った当事者たちは未だに当時の出来事や感情は拭いきれずにいます。
彼らが精神的終戦を迎えるために50年ぶりにハワイに向かう。そこで偶然にも出会ったのは、真珠湾攻撃に所縁のある日系人や真珠湾攻撃によって負傷した元アメリカ軍人。
真珠湾攻撃が行われた直後、ハワイに多く生活する日系人にスパイ疑惑がかけられました。
外見は日本人、しかしながら国籍や文化はアメリカ人である彼らは、アメリカへの忠誠を示すためにアメリカ軍として第二次世界大戦に参戦させられた事実があるようです。
そんなタイミングで出会った彼らが企てたとある出来事。
自らが精神的終戦をするために、戦争によって失った仲間たちの願いを叶えるために、戦争によって失った時間を取り戻し、遅れた青春の輝きを感じるために無骨に取り組む日本人と、日系人の思いがとても美しく感動できる物語でした。
対立する軍隊に所属していた人々は、それぞれの国に従った結果、戦地に赴くことになったものの、軋轢があるのは国単位での話であって決してそれに従って動いている個人の問題ではない。
だから、真珠湾攻撃を起こした人々は憎むべき存在ではない。
敵と味方という言葉で簡単に分類できない、戦争をミクロな視点で見たときにしか現れない戦争の新たな側面です。
実際にそれが事実であったかは分かりませんが、そうであって欲しいと心から思います。
もう1つ注目すべきは、ハワイでの出来事の間に挟まれている、周作の妻の日記。
結婚から数十年がたち、年を重ねても、薄れることなく周作のことを愛し続けているが故に、募る苦悩が綴られているのですが、これがかなり情熱的。
無骨で不器用。
感情を表現することも滅多にない周作の妻だからこそ、毎晩のように苦悩し思いを日記に発散するしかない様は、時代背景の一致もあり島尾敏雄さんが『死の棘』で描いた自身の妻、島尾ミホさんを彷彿とさせました。
歴史と友情、愛という様々な要素が混じり合った濃厚で美しい物語です!!
【書評・読書記録】青が破れる (町屋良平)
町屋良平『青が破れる』
『青が破れる』あらすじ
ボクサー志望の主人公は、毎日通うボクシングジムで才能溢れる梅生とスパーリングを重ね、自分の才能と実力のなさを痛感し浮かない日々。
ある日、友人のハルオから余命が迫り先が長くない彼女の見舞いに一人で行くように頼まれる。病室に行くと、友人の恋人であることを忘れるように距離が縮まる。
一方で、彼は夫子がいる恋人、夏澄とは背徳感と窮屈さによって徐々にすれ違っていく。 主人公の私生活の苦悩と、生と死の境にいる友人たちを描いた青春小説。
『青が破れる』感想など
身近に才能溢れる人がいるが故に自己肯定感をもてず、人からボクサーと呼ばれることを拒んでいる主人公。
私生活では、好きになっても幸せになることができない人を好きになり、その事実に直面した時に苦悩する。
ことの重大さは大きく違えど、公私ともに満足できていない様子がなんとなく自分と重なって久しぶりに近い感覚で感情移入できる物語でした。
彼女が重い病気にある中なのに、主人公に対しては絶対に弱さや悲しみを見せず、その場を楽しませる(自身の感情を紛らわす)ために突然、池に落ちて見せたり、それでも一人になると実は……。という状況。
そして、何より生と死の境にいるハルオの彼女は誰よりも生命力に満ち溢れていて、まっすぐ強か。
主人公への共感とハルオと彼女の強かさ。現実と理想が入り混じったような内容。
少しだけ(少しだけが大事)前に進めるような感情昂ぶる作品です。 比較的、短いお話なので読みやすいと思います。
おすすめです。ぜひ!
【書評・読書記録】何様 (朝井リョウ)
朝井リョウ『何様』
『何様』概要
思いや悩みをSNSに吐き出しながら就活に励む5人の人間模様と本性を描いた直木賞受賞作『何者』。その中で明かされていなかった人間関係や登場人物のその後が書かれた一冊。
『何様』感想
全6つの短編集。 『何者』との細かなつながりが所々にあるのが良い。
そして、たった一行ないし一文で、物語に厚みと温かみが生まれるような作りになっていました。
『何者』と『何様』一貫しているのは、責任や覚悟は、あとからついてくるということ。
個人的に好きなのは、例として挙げられていた車と教習所の話。 子供の頃は、車といえば、人も殺せる可能性もあり、特別な試験に合格した大人しか運転してはいけないという認識が強くある。しかし、いざ教習所に行ってみると、その日の内にいきなり車を運転させられる。 きっかけや覚悟は、何かが起こったり行動したりするその瞬間に生まれるものではない。
後から振り返ってみると、あれがきっかけだったんだなと、何事もそれくらいでいい。 これは思い切りすぎているような表現だなと思う反面、これまでの自分の経験を振り返ってみると、確かにその通りだなと。これが真理なのかもしれません。
そして全ては、巻末のオードリー若林さんによる解説に集約されています。
(これを目当てに本書を買いました。)これを読むだけでも、十分に価値があります。
成長(社会や会社、利潤追求の激しい回転の中で自我の尖った部分が削られること、順応すること)によって「そういうもんだ」で済ませてしまうことが多くなってしまう世の中。
それは諦めや省エネのためだけではなく、絶対に外的要因によって削られてはいけない自分の「本気の一秒・心の奥底にある理想の自分」を守るため。 どんなに外的要因の影響を受けたとしても、適度に刺激を受けて、適度に労働意欲が湧いて、それでいて心も体も壊れないという適度な位置に理想の自分を置いておくことがちょうどいいのです。
いつか「むしゃくしゃしてやった」なんて言ってみたい。 多分、一生、むしゃくしゃして何かをやることも、それを言うこともないのでしょう。 脳の中にその人の行動に作用するブレーキとアクセルがあるとするならば、圧倒的にブレーキが強い人なので。
【書評・読書記録】何者 (朝井リョウ)
朝井リョウ『何者』
あらすじ
人を分析するのが得意な拓人。
何も考えていないように見えて、着実に内定に近づいていく光太郎。
光太郎の元カノで、拓人が思いを寄せる実直な瑞月。
意識高い系だけどなかなか結果が出ない理香。
就活は決められたルールに乗るだけだと豪語する、隆良。
海外ボランティアの経験、サークル活動、手作り名刺などのさまざまなツールを駆使して就活に臨み、思いや悩みをSNSに吐き出しながら就活に励む5人。 SNSや面接で発する言葉の奥に見え隠れする本音や自意識が、それぞれの抱く思いを複雑に交錯し、人間関係は徐々に変化していく物語。
『何者』感想など
今更ながら読みました。 本はもちろん、映画化もされて、中身を知っている方も多いかと思います。
「自分は何者なのか。」
5人の就活生、それぞれの本音と自意識が見え隠れする独特な空気感。
読みながら形容しがたい様々な感情を抱きました。 現実世界での建前上の振る舞いとSNSの中の本音。 そこから分かる人格について、
"ほんとうにたいせつなことは、ツイッターやフェイスブックにもメールにも、どこにも書かない。ほんとうに訴えたいことは、発信して返信をもらって、それで満足するようなことではない。"
そう言われて考えてみると、SNSで本音として吐き出された言葉たちは本当に何も纏っていない本当の本音ではない。ということは、本当の本音はどこにも転がってはいないのですね。
物語の主軸となる就活。
年齢的にはものすごく近くで行われいるものの、就活らしい就活とは無縁な生活を送ってしまっている私。 Twitterのタイムラインにも、色んな人の就活模様が流れてきます。「また落ちた。あんなに頑張ったのに...。」というような就活が上手く進んでいないことを嘆くようなツイート。原因を分析せず闇雲に受けて、他責思考丸出し。落ちた自分をまるで悲劇のヒロインのように振る舞っているようで、正直、すごく苦手なのですが、
"ほんの少しの言葉の向こうにいる人間そのものを、想像してあげろよ、もっと。"
物語の中で主人公が先輩に言われたこの一言は、本当にその通りだなと感じました。字面だけでは足りない、その奥に隠れた意図まで感じ取るべきだなと反省です。 なにが正しいのか正しくないのかではなく、苦手か共感できるかを行ったり来たり。
この人、自分と近いかも。自分の分身のようだ。でも、ここは全く共感できない。むしろ嫌い。 自分がもしくはこの人は何者か、というよりは「人とは何か」を感じる作品でした。
【書評・読書記録】そして生活はつづく (星野源)
星野源『そして生活はつづく』
『そして生活はつづく』概要
2009年に発売された星野源さんのエッセイ集。
携帯電話の料金を払い忘れても、部屋が汚くても、人付き合いが苦手でも、何があっても続いていく生活。
自分のダメさやつまらない生活を面白がろう!をテーマに、星野さん自身のいまの日常と幼少期の出来事や考えなどが綴られています。
『そして生活はつづく』 感想など
星野さんの文章を読むのは初めて。
音楽の作風やなんとなくのイメージから、決して底抜けに明るい方ではなく、どこかネガティブな要素が多く含まれた方なのかなと思っていましたが、その正体がユーモアとともに明かされたような一冊です。
どうしようもない日常を面白がるにはどうすればいいか。この作品からたくさんのヒントを得ることができました。
(自己啓発本ではないので感じ取りました。)
ネガティブな日常を面白がるには、目の前の事象を五歩くらい下げた視点で捉えること。少なくとも星野さんはそうしているのだと感じました。斜に構えるというよりそのまま真っ直ぐ後ろに下がるように自分自身もしくは出来事をみる。
そうすることで悪いことは他人事に。何気ない日常はちょっとシュールになったり、近すぎて気がつかなかったことに気付いてちょっとしたツボに入ることもあったりするようです。
そして、この一冊の中には、これまで私が生きてきてなんとなく思っていた感覚が見事に明文化された箇所がいくつかありました。
・岡村靖幸さんの動きはダンスというには不思議な感じで意識が内側に向いていること
・自分は奥底(もしくは核)にものすごく真面目さがあって、その周りをボケの壁で囲んで振舞っている人のことが好きであること
・自分は極度の自己犠牲型ダメ人間であること
【書評・読書記録】幸せになっちゃ、おしまい(平安寿子)
平安寿子『幸せになっちゃ、おしまい』
2007,8年に雑誌『Hanako』にて連載されていたものを加筆してまとめたエッセイ集。
タイトルに惹かれて読みました。
ただ、読む順番を間違えてしまったなと。
というのも、この作品は物語ではなく、経験や思想など平さんの執筆作品のルーツであろうことが凝縮された内容。
途中でそれに気づいた時に平さんの作品を全く読んだことがない状態で、このまま読み進めていいものかと思いましたが、それでも充分に楽しめました。
短いエッセイが大きなテーマごとにまとめられている本書。
大きなテーマは「物語とは」「日本と外国について」「女性というものについて」「幸せとは」など。
雑誌での連載から文庫化されるまでに発生した東日本大震災によって考えが大きく変化したことが感じ取れた。
筆者が生まれ育ったのがヒロシマということもあり、福島の原発問題については特に。
海外で自分の出身地を口にした瞬間にまず健康状態を心配されるなんてことは実に辛いことです。
そして、あの当時に日本中で大きく変わったエンターテインメントに対する考え方。
被災して日常すらままならない極限のサバイバル的状態にこそフィクションが必要だそう。
本や映画などの蝦夷らごとの世界に没入すると、日常を忘れるだけでなく、過酷な現実に立ち向かうためのエネルギーも生み出すことができる。
特に辛く苦しい状態に置かれていない自分は息をするようにエンタメを享受して無意識的に得られていたことですが、過酷な状況に追い込まれた時にこそこのように明文化できるほどはっきりとエンタメの可能性や必要性が感じ取れるのでしょうね。
タイトルにもあるように逆説的な表現が非常に特徴的で、何気ない生活の記録のような内容の中に、印象深い言葉たちが隠されていた。
「バカで無力なあなたの中に、誰も気づかないほどの小さな小さな苗がある。最低二十年、待ちなさい。ショートカットできないものにこそ、本当の価値があるのだ。それがわかるのも。時間が経ってから。我慢して、またなきゃね。」 本書で紹介されていた久米宏さんの『頑張る』という表現についての考え方がものすごく共感できた。
自分も人に対して「頑張って」という表現は絶対に使いません。
言う側にとっては安易に使える言葉であるものの、言われた側にとってはプレッシャー以外の何物でもない。
それに、「頑張って」なんて言われても言われなくても、頑張ることには変わらないですよね。
何より、人に気安く「頑張れ」なんて言えるほど、自分は頑張ってないし、それに値するだけの地位も影響力もないし。
その代わり、「自分、頑張れ」はたくさん使います。
平さんの他の作品を早急に読みたいと思います。それを踏まえて、これを読んでみるとまた新しい感覚が得られるのかな。
#平安寿子 #幸せになっちゃおしまい #読書記録
【書評・読書記録】カウント2.9から立ち上がれ 逆境からの「復活力」(棚橋弘至)
棚橋弘至『カウント2.9から立ち上がれ 逆境からの「復活力」』
概要
憧れていた新日本プロレスの入門テストに2回の不合格をもらい、3度目の受験でようやく合格。厳しい練習にも耐えてデビューすると、トップ選手の離脱や総合格闘技のブーム到来などで、新日本プロレスがどん底の状態。
そんな中、チャンピオンとして新日本プロレスのみならず、プロレス人気の再興に尽力した棚橋選手の、生き方の秘訣や考えがまとめられた著書。
感想など
身近に尊敬できる大人の男性がいなかった私にとって、絶え間ない努力と挑戦を続ける棚橋選手は最も尊敬する人の一人。
プロレス人気復活の裏には、棚橋さんの圧倒的な努力がありました。世間一般のプロレスに対する「野蛮」「出血」などのイメージを変えたり、既存のファンに対しては勝利した試合後どんなにダメージが酷くても会場を一周し丁寧に熱心に対応するなど、人生をかけてプロレス界を牽引しています。
・「環境」を言い訳にしない
・「どう見られているか?」を常に考える
・「結果」を出すためには”人3倍”努力する
など、書かれているトピックスは当たり前のことながらこれらを100%実行することは非常に難しいことだと思います。しかし、棚橋さんは本当に純粋にやりきってきたんです。
そしてどんな時も、「疲れてない、疲れたことがない」と言い張る棚橋さん。その姿に、何度も鼓舞されて元気をいただいてきました。
棚橋選手を知っている知らない、プロレスに興味があるなしに関わらず、この本は全力で生きたいという人のバイブルになること間違いなしです。
【書評・読書記録】母なる凪と父なる時化 (辻仁成)
辻仁成『母なる凪と父なる時化』
『母なる凪と父なる時化』あらすじ
高校一年生の夏に同級生からリンチを受けて以来、登校拒否を続けていた主人公セキジは父親の転勤で函館に転校することになる。
転校した先で、自分と瓜二つの顔をした不良のレイジに出会った。友達を作ることが大の苦手なセキジは、そして境遇も性格も対照的なレイジとは不思議なことにすぐに仲良くなった。
レイジとともにセキジは行き場のない闇を飲酒や暴行、密猟などを通して発散し、これまでの自分では考えられないような夏を駆け抜ける物語。
『母なる凪と父なる時化』感想など
これまで読んできた辻さんの作品の中で、最もみずみずしい印象を受けました。とはいえ、明るいわけでも眩しい青さがあるわけでもない作品。
とにかく顔が似ているセキジとレイジ。
しかし、何もかもが正反対。その要素として特徴的に描かれているのがそれぞれの家族です。セキジは保険会社に勤める父と、全てを受け入れる母からなる問題ない幸せな家庭。
それに対して、レイジの家庭は、父・腹違いの姉・レイジ自身がそれぞれ心に大きな傷を抱えています。
そんな境遇の二人。セキジはレイジとつるむ内に、自身の心の奥底にある闇とレイジが顕在化した闇が繋がり、過去にリンチを受けたせいで、セキジの中にせき止められていた暴力がレイジと出会ったことで解放されます。
闇に溺れながらもレイジに影響されてわずかに強く成長をするセキジ。一人になった時に描かれる心の葛藤と周りの人に対する想いが愛しく感じられました。
「母なる凪」という言葉があるように、この作品では女性像も印象的に描かれています。レイジの連れとして登場する年上の看護師ハルカ。自分より年下のレイジに表面的には都合よく扱われているような描写がなされているものの、それらを全て受け入れて、母のような存在としても見れる。それはハルカだけでなく、セキジの母もレイジの腹違いの姉も。この物語に登場する女性全てが凪でした。
物語の舞台である函館。行ったことはなく、綺麗な夜景のイメージしかありませんが、静かな海が近くにある風景、花火大会、狭い社会に哀愁を感じとりました。
【書評・読書記録】不屈 (辻仁成)
辻仁成『不屈』
物語ではなく、2012年から2014年までこ日常を綴った日記エッセイ。
作家・映画監督・ミュージシャンなどなど、様マルチに活躍する辻さん。
自身につけた肩書は”表現者”
そんな表現者である辻さんが、息子さんの成長を見守る様子や、パリと日本の生活の違いなど、様々なことを綴っています。
フランスの学校に通う息子さんと、日本で生まれ育ってパリへ生活の拠点を移した辻さんの文化と言語の違いについての論述が非常に面白かったです。
フランスの学校教育を受けている分、家では日本語を使うことを心がけている辻家。
2つの言語文化に所属しているということは、単純に2つの言語を使用できることにとどまらず、それぞれの国に特有のしきたりや歴史を背負っている。それゆえに、物事を自然と2つの言語で考えることができる。
おそらくこのようなことは頭の中で自覚して、それぞれの言語と文化を棲み分けているわけではないであろうものの、生まれながらにして、豊かさを抱いていることについて非常に羨ましく思いました。
生まれながらのバイリンガルになりたい!!(不可能な話)
そして、もう1つ興味深かったのは、辻式小説の心得。
辻さんが小説を書く際に必要な心得が全60個。惜しみなく書かれています。
いくつか引用すると….
・劇的な場面はさらっと書け。逆に、その前後は執念と執着で書け。
・なんだろう、なんだったの?と疑問が残る作品を目指す。
・主人公に感情移入し過ぎないこと。冷静と情熱のあいだで。
辻さんの何でもない日常の中に生きるヒントが隠されている、何気ないときに自分を支えてくれるバイブルになるような一冊です。
毎日少しずつ読み進めるのがオススメ。
#不屈 #辻仁成 #読書記録
オススメ度:★★★★★(満点!!)
【書評・読書記録】しょぼい起業で生きていく (えらいてんちょう)
えらいてんちょう『しょぼい起業で生きていく』
題名を見た瞬間に、やろうとしていることと近いのかなと思って手に取りました。
筆者はリサイクルショップの開設から始まり、知り合いから学習塾を受け継いで、小さなバーを経営するなど様々な事業を手掛ける、えらいてんちょうこと矢内東紀さん。
そんな、えらてんさんが提唱する、しょぼい起業とは何か。
それは事業計画も資金調達もいらず、無理なく事業を回す、しょぼい実店舗をもつこと。
この手の本としては、少し意外な内容でした。
自分もタイトルから想像した印象にギャップを感じました。しょぼい起業の前提は実店舗の経営。
オンラインショップという形で個人もインターネット上で店舗の開設できる現代に、実店舗を経営するというのは一見、時代に逆行しているように思えます。
しかし、事業としてはオンラインでなされるものよりも
確かにオンラインという果てしなく大きい市場には夢もあって大きな可能性も秘めていることは間違いないですが、実店舗という限られたコミュニティを成熟させるという事業は、一攫千金なんか狙わず無理なく続けられます・
これこそがしょぼい起業です。
今まで実店舗の経営なんか全く興味がなかったのですが、コミュニティの拠点として自分の店をもつってすごく温かくて、実は理にかなっていてアリだなと思えました。
そして、やはりこれから生きる上で何よりも大事になるのは信用なんです。これは間違いない。
巻末のえらてんさんとphaさんの対談に、面白い例えが出てきました。
「子どもはパチンコ台じゃない」
幸せを願うが故のことではありますが、親は自分の子どもが生まれてから大人になるまでに莫大なお金をかけます。
必要以上に期待することはよくあることだと思います。
ただ、自分の期待通りの結果にならないと、子どもに対して腹をたてる。
これは、お金をつぎ込んだパチンコ台が当たらないからとイライラしているのと同じですよね。
そもそも、そんな雰囲気のもとにずっといさせられたら、いいように育たないのも無理はない気がします。
かけたお金を盾に子どもの進む道の両側に壁を立ててしまう。そんな親、如何なものか......。
#しょぼい起業で生きていく #えらいてんちょう #pha #読書記録
【書評・読書記録】ピアニシモ・ピアニシモ (辻仁成)
辻仁成『ピアニシモ・ピアニシモ』
『ピアニシモ・ピアニシモ』 あらすじ
中学1年生のトオルは、教室では特にクラスメートと接することもなく、チャットルームでも発言をすることがない、いわゆる「いるだけの人」。彼には小さな時から彼にしか見ることができない親友ヒカルがいた。
ある日突然、トオルの中学校で起こった生徒の失踪事件。
未だ見えない犯人を追うべくトオルがたどり着いたのは、死の世界。生と死の間をさまよいながら、希望と想像力だけを武器に世界に存在する灰色と葛藤する物語。
『ピアニシモ・ピアニシモ』 感想など
これまで読んだ辻作品の中で一番の大作。
そして、これほどまでに作品の分類ができないことがあるのかと思うほど、多くの要素が入り混じった作品でした。
学園小説で主人公トオルの成長物語、同級生のシラトとの交流を描いた青春物語、そしてその先の関係を描いた恋愛物語。そんなリアルな要素と対照的に、ドッペルゲンガーや幽霊、世界を「ウラガワ」で支配している「灰色」の謎に迫る幻想的ミステリーであるともいえます。なんともここで伝えられるような短い表現にまとめられるような小説ではありません。
現実と非現実、男と女、思考の外と中、生の世界と死の世界、様々な軸が存在する非常に複雑な世界観で構成されるため、読みながら今なにが起こっているのか、そしてそれが現実なのか夢もしくは思考の中なのか彷徨うこともかなりありました。しかしながら、その覚束ずゆらゆらしている感覚が心地良い。
じっくり物語の世界観に没入したい方には是非ともオススメしたい作品です。
【書評・読書記録】愛の工面 (辻仁成)
辻仁成『愛の工面』
『愛の工面』あらすじ
登校拒否となってしまった主人公。彼女が唯一、外の世界と繋がれるのは、父に買い与えられたカメラを覗いたときだった。
写真家になった彼女と、ある日出会った作家の彼との穏やかさの中に隠れた脆く危うい愛とともに、彼女の精神的成長を綴った物語。
『愛の工面』感想など
写真論をテーマにした恋愛小説。
作品の主題であるカメラ。ファインダーの内と外、撮る人と撮られる人、カメラの中には2つの軸で2つの世界が存在します。
(カメラは)“私を取り囲む世界と対等に付き合うために必要な薄いブルーのフィルター”
ファインダーの内と外、どちらが現実なのか、それさえも分からなくなるような、写真家の道具としてのカメラを越えた、世間に馴染むことが難しい主人公にとって、必要不可欠なものです。
ファインダー越しに世界を見て、そこに人の姿があった時に
“私はレンズを覗くということで、それまでの弱き立場を返上することができるようになり、シャッターを押す瞬間、刑の執行人にさえ成りえた”
そんな感覚にさえなり得る、主人公とカメラの関係。
対して、他人に自分の写真を撮らせることは絶対にしません。
ただし、その例外が作家の彼。2人の関係性が写真というものを通して綺麗にまとまって描かれると思いきや、主人公は撮った彼にその写真を見せることは許しません。
人を介さず、写真を撮る撮られるという関係性を主人公の心の中だけで処理する様は非常に繊細で美しく感じました。
音楽や作家のみならず、自身が撮影した写真集を発表するなど、写真家としても表現活動をする辻さん。
この一冊の中にも、物語の区切りごとに、辻さんが撮影した写真が挿絵のように使われています。
女性(辻さんの元奥様)の何気ない日常、窓から除くなんでもない風景など、物語と付かず離れずな絶妙な写真です。
決して重すぎない心地よい物語と写真。美しく程よい、自然な気持ちで読める一冊です。
【書評・読書記録】アンチノイズ (辻仁成)
辻仁成『アンチノイズ』
『アンチノイズ』あらすじ
区役所に勤務し、街の騒音測定の仕事をする主人公。
彼が街の音に耳を澄ました時、不意に聞こえてきたのはお寺の鐘(梵鐘)の音であった。
現代の生活において街の音は人々の生活には不要なものとして無意識に処理され埋もれてしまっている。
人々の生活にノイズとして存在しているのが騒音。
一般的に騒音とは、10m以上離れた地点で85dB以上の値が測定される音と定義されている。
このように騒音に数値的定義があるものの、主人公は鐘の音を含め街に散らばる大きな音全てが人々にとって騒音なのだろうかという疑問を抱く。
改めて街の音について考えて、大きな音であっても現代の人々が忘れかけている、心に響く音を探求するために奔走。
対して、私生活においては煮え切らない問題を抱えている。同棲中の相手とはうまくいかず、その穴を埋めるように、ある仕事をする女性の元に頻繁に潜り込む。
彼女の趣味は盗聴。街中を目に見えないながら飛び交う大量の電波。電波の中には顕在化していない音が存在している。
人の会話を盗み聴く行為を見た主人公は嫌悪を募らせるがあることがきっかけとなり、のめり込んでしまう。
人間にとって本当のノイズとはなにか、完全な音とはなにかを問う物語です。
『アンチノイズ』感想など
この作品が世に出たのは1999年。
それから20年が経ち、今ではイヤホンなどによって個人の空間にそれぞれの音を広げることができるようになりました。
それによって自然の音はさらに生活からなくなり、人々の外界の音に対する許容範囲も狭まっているような印象も受けます。
そんの時代だからこそ、改めて自然の音に耳をすませたくなる一冊です。
主人公の境遇や、聞こえる音と潜在的な音が終始広がっている様相。
読み終わってから騒音・盗聴・調律など、この作品に登場する音に関する考え方をノートにびっしりまとめる時間がとても楽しかった。
オススメ度:★★★★★
【読書記録】ラジオラジオラジオ!(加藤千恵)
加藤千恵『ラジオラジオラジオ!』
あらすじ
時は2001年。地元の小さなラジオ局で番組をもつ女子高生。
憧れの東京に行く日を夢見る受験生でもある彼女は、自分の番組を少しでも広めるために、ホームページで発信を続けるなど奮闘する。
そんな中、一緒にパーソナリティを務め、ラジオに熱中していたはずの親友から突然、番組を休みたいと告げられる。それぞれの将来を考えながらもすれ違う二人の友情を描く物語。
感想など
いま目の前にあることへの熱狂と、近い将来に対する見えない期待が詰まった青春小説です。
自分の好きなこと、やるべき事だけに熱中するあまり、自分の将来や友人との関係性を冷静に見ることができなくなっている主人公。いつかの自分を見ているようで、あの頃の思い出や後悔が蘇ってきて、自己投影するとどこか愛しく思えます。
テレビとラジオの対比も絶妙。なんとなくラジオ番組をやっていて、普段からテレビは好きで見るけど、ラジオは聴かない。それぞれを優劣関係としてとらえていた主人公が人との出会いによってラジオの本当の役割とテレビにはない魅力に気付かされます。
これは2001年のお話。当然SNSなんてものはなく、BBS(掲示板)を使って地道に手探り状態でラジオの宣伝や自己発信をする様子は懐かしく感じました。不便ですね。
実はこの物語の、ラジオパーソナリティの女子高生という設定は著者であるカトチエさんの実体験なんだそう。その時の番組名も作品内の番組名と同じく『ラジオラジオラジオ!』
カトチエさんがファンと公言しているフリッパーズギターの楽曲『カメラ!カメラ!カメラ!』を彷彿とさせるタイトルです。(私も好きな曲です。書店でタイトルを見たときに、連想して、ついこの本を手に取りました。)
巻末に収録されていた短編『青と赤の物語』もとても良い!物語が禁止された世界で、物語に出逢った2人の学生、青と赤のお話です。