【書評・読書記録】愛の工面 (辻仁成)
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辻仁成『愛の工面』
『愛の工面』あらすじ
登校拒否となってしまった主人公。彼女が唯一、外の世界と繋がれるのは、父に買い与えられたカメラを覗いたときだった。
写真家になった彼女と、ある日出会った作家の彼との穏やかさの中に隠れた脆く危うい愛とともに、彼女の精神的成長を綴った物語。
『愛の工面』感想など
写真論をテーマにした恋愛小説。
作品の主題であるカメラ。ファインダーの内と外、撮る人と撮られる人、カメラの中には2つの軸で2つの世界が存在します。
(カメラは)“私を取り囲む世界と対等に付き合うために必要な薄いブルーのフィルター”
ファインダーの内と外、どちらが現実なのか、それさえも分からなくなるような、写真家の道具としてのカメラを越えた、世間に馴染むことが難しい主人公にとって、必要不可欠なものです。
ファインダー越しに世界を見て、そこに人の姿があった時に
“私はレンズを覗くということで、それまでの弱き立場を返上することができるようになり、シャッターを押す瞬間、刑の執行人にさえ成りえた”
そんな感覚にさえなり得る、主人公とカメラの関係。
対して、他人に自分の写真を撮らせることは絶対にしません。
ただし、その例外が作家の彼。2人の関係性が写真というものを通して綺麗にまとまって描かれると思いきや、主人公は撮った彼にその写真を見せることは許しません。
人を介さず、写真を撮る撮られるという関係性を主人公の心の中だけで処理する様は非常に繊細で美しく感じました。
音楽や作家のみならず、自身が撮影した写真集を発表するなど、写真家としても表現活動をする辻さん。
この一冊の中にも、物語の区切りごとに、辻さんが撮影した写真が挿絵のように使われています。
女性(辻さんの元奥様)の何気ない日常、窓から除くなんでもない風景など、物語と付かず離れずな絶妙な写真です。
決して重すぎない心地よい物語と写真。美しく程よい、自然な気持ちで読める一冊です。